中学校の校則で、寄り道はいけないと決まっていた。だから通学路にある喫茶店には、これまで一度も足を踏み入れたことがなかった。
でも今日からは、もう、中学生じゃない。
卒業式はさっき終わった。
だからはじめて、行ってみたかった店に入ってみることにした。
――からん。
古風なドアベルが少し重たい音を立てる。
その音にびくっとした私を見て、カウンターの中にいたお兄さんがくすくす笑った。
「いらっしゃいませ」
笑い交じりの決まり文句がいたたまれない。
わたしは思わず、そのまま回れ右してしまいそうになった。
「待って、ごめんね、馬鹿にしたつもりじゃなかったんだけど」
後ろから慌てた声。振り返るとすぐ近くにお兄さん。手に持ったコーヒーポットから、ふわっといい匂いがした。恥ずかしさよりも好奇心が勝った。
「あの、それ……飲めますか?」
「もちろん」
さあどうぞ、とうながされた。わたしはおっかなびっくり、カウンターに向かう。
一生懸命に飛び乗らないといけなさそうな高い椅子。どうやって座ったらいいんだろう。
何もわからなかったけど、もう笑われたくない一心で、何でもないような顔でジャンプした。
「……ふふ」
お兄さんがまた笑う。笑った顔の目元が素敵だなと思った。
笑われているのに嫌な気がしないなんてこと、あるんだ。なんだか不思議な気持ちだった。
もしかしたら、お兄さんの持っているコーヒーポット。あれに秘密があるのかもしれない。
そう思うとなんだかドキドキして、でも、その気持ちに気づかれないように、わたしはそっぽを向くみたいにして、窓の外の景色を眺めた。
いつもわたしが歩いていた道が見えるだけなのに、まるで初めて見る景色みたいに見えた。
